【カレーの歴史】日本でカレーはどう育ったのか。
こんばんは。
4747スパイスです。
前回は、カレーの世界史を整理しました。
インドで生まれたスパイス料理が、大航海時代を経て、
イギリスでカレー粉として再発明されるまでの話です。
今回はその続き。
カレーが日本に渡ってから、どう育ったのかを整理していきます。
イギリス経由で日本へ
日本にカレーが伝わったのは、インドからではありません。
インド → イギリス → 日本
明治時代にイギリスからカレー粉が入ってきました。
栄養バランスの良い食事として評価され、軍隊食として普及したとされています。
ここで重要なのは、日本に最初に来たカレーは
「イギリスが再発明したカレー」だったということです。
本場インドのスパイスそのままではなく、
すでにブレンドされ、整理された形で入ってきた。
それが、その後の日本のカレーの方向性を決めました。
カレールウの誕生と国民食への道
その後、日本ではカレールウが発明されました。
カレー粉と小麦粉を合わせて固形にしたもので、
家庭でも手軽にカレーが作れるようになりました。
とろみのある、あの日本的なカレーライスです。
さらに、世界初のレトルト食品として商品化されたのも、カレーでした。
保存がきいて、温めるだけで食べられる。
カレーはいつの間にか、
日本の食卓に深く根ざした料理になっていました。
大正時代、カレーが二極化する
ここで大きな転換点があります。
大正時代、インドから亡命したインド人運動家が来日し、
「純印度式カリー」としてインドカレーが広まりました。
それまでの日本のカレーは、
カレー粉と小麦粉でとろみをつけたイギリス経由のスタイル。
でも本来のインドカレーは、
とろみではなく、スパイスと素材の香りで食べさせるものでした。
この時点で、日本のカレーは二極化しました。
- ルウ系のカレー(家庭料理として定着)
- インドカレー系(スパイスを前面に出したスタイル)
この二つの流れは、今も続いています。
日本独自のカレー文化
その後も、日本ではカレーが独自の進化を続けます。
カレーパン。
カレーうどん。
スープカレー(札幌発祥)。
そして、スパイスカレー(大阪発祥)。
日本は、インドでもイギリスでもない
独自の「カレー文化圏」を作り上げました。
スパイスカレーとは何か
今、私が作ろうとしているのは「スパイスカレー」です。
スパイスカレーは定義が難しく、
お店によってスタイルがかなり違います。
ただ、共通する特徴を挙げるとすると、
- ルウを使わず、スパイスを独自に調合する
- ライスとカレーをワンプレートで提供することが多い
- 出汁を使っていることが多い
- 副菜が豊富で、あいがけなどで楽しめる
- 仕上げにスパイスをふりかけるなど、独自の使い方をしている
ひとことで言うと、
「スパイスそのものを主役にした、自由なカレー」
だと思っています。
なぜ大阪で生まれたのか
スパイスカレーの源流とされているのは、
1992年に大阪のアメリカ村に開業した「カシミール」というお店だそうです。
なぜ大阪なのか
大阪は江戸時代から薬種問屋が多い土地でした。
シナモンやクローブなど、多くのスパイスが取引されていて、
その中のひとつの薬種問屋が、日本初のカレー粉を販売したとも言われています。
スパイスと深く関わってきた土地の文化と、
大阪の「自由で面白いことをやってみよう」という気質が混ざり合って、
スパイスカレーという文化が生まれたのかもしれません。
まとめ
日本のカレー史を整理すると、こんな流れです。
明治:イギリスからカレー粉が伝わる
↓
カレールウ・レトルトの発明で国民食に
↓
大正:インドカレーが入り、二極化
↓
日本独自のカレー文化が各地で生まれる
カレーは、長い歴史のある料理です。
インドで生まれ、イギリスを経由して、日本でも独自に派生しました。
その源流から系譜を理解することで、
自分が何を引き継いで、何を作るのかが、見えてくる気がしています。
まだ答えは出ていませんが、
こうして整理することが、その第一歩だと思っています。
いずれ自分でお店を開くために読んでいる本も紹介しておきます。
また読んでもらえると嬉しいです。
ありがとうございました。
